あの水平線の向こう

あの水平線の向こう 数学を使ってみよう

皆さんは海に行ったとき、水平線の先に外国の土地が見えたことはありますか?
実は地球が丸いために、目で見える距離は大して遠くないのです。

これを理解するためには、「三平方の定理」と「一次近似」を知っている必要があります。最初にこれらをおさらいしておきましょう。

道具のおさらい

三平方の定理(中3で学習します。)

3辺の長さがそれぞれ\(\; a,\; b,\; c \;\)である、図のような直角三角形について、次が成り立ちます:

\[ a^2+b^2 \;=\; c^2\]

一次近似(高校物理で学習します。)

\( |x| \;\ll\; 1 \;\)のとき、

\[(1+x)^n \;\approx\; 1+nx\]

と近似できる。

※ここで\(\; |x| \;\ll\; 1 \;\)とは、\(\; |x| \;\)は\(\; 1 \;\)に対して十分小さな値であることを指します。物理では大体\(\; 0.01 \;\)以下と思っておけば良いです。

ここではこれらの証明は省略して、勝手に使っていきます。

アオリイカ

水平線は何\(\; \mathbf{km} \;\)先にあるか?

水平線は何\(\; \mathbf{km} \;\)先にあるか?

まず地球を球とみなして、その半径を\(\; r \;=\; 6400\;\mathrm{km} \;=\; 6.4\times10^6\;\mathrm{m}\;\)とおき、海辺に立っているあなたの目線の高さを\(\; h \;=\; 1.5\;\mathrm{m} \;\)としましょう。地球の中心を点\(\; \mathrm{O} \;\)、あなたの目線の高さを点\(\; \mathrm{A} \;\)、そしてあなたの視線の先にある水平線を点\(\; \mathrm{B} \;\)とおきます。線分\(\; \mathrm{AB} \;\)は円\(\; O \;\)の接線ですから、\(\; \angle\mathrm{ABO} \;=\; 90^\circ\;\)になります。

このとき、求めたい水平線までの距離は\(\; \mathrm{AB} \;\)で表されます。また、\(\; \mathrm{OA} \;=\; r+h , \;\; \mathrm{OB} \;=\; r \;\)です。

直角三角形\(\; \mathrm{OAB} \;\)に対して、三平方の定理を適用すると、

\[
\begin{align}
\mathrm{AB}^2 &\;=\; \mathrm{OA}^2-\mathrm{OB}^2 \\
&\;=\; (r+h)^2-r^2 \\
&\;=\; 2rh+h^2 \\
&\;=\; 2rh\left(1+\frac{h}{2r}\right).
\end{align}
\]

よって、この平方根をとると

\[
\mathrm{AB} \;=\; \sqrt{2rh\left(1+\frac{h}{2r}\right)} \;=\; \sqrt{2rh}\left(1+\frac{h}{2r}\right)^{\frac{1}{2}}. \tag{\(\star\)}\label{eq:1}
\]

ところで、\(\; \displaystyle \frac{h}{2r} \;\approx\; 0.00012 \;\)と\(\; 1 \;\)より十分小さいですから、\eqref{eq:1}式の後半部分について一次近似が適用出来て、

\[
\left(1+\frac{h}{2r}\right)^{\frac{1}{2}} \;\approx\; 1+\frac{1}{2}\left(\frac{h}{2r}\right) \;=\; 1+\frac{h}{4r}
\]

となりますから、\eqref{eq:1}式は次のように近似できます:

\[
\begin{align}
\mathrm{AB} &\;=\; \sqrt{2rh}\left(1+\frac{h}{2r}\right)^{\frac{1}{2}} \\
&\;\approx\; \sqrt{2rh}\left(1+\frac{h}{4r}\right).
\end{align}
\]

ここへ\(\; r \;=\; 6.4\times10^6\;\mathrm{m} \;\), \(\; h \;=\; 1.5\;\mathrm{m} \;\)を代入すると、

\[
\begin{align}
\mathrm{AB} &\;\approx\; \sqrt{2rh}\left(1+\frac{h}{4r}\right) \\
&\;=\; \sqrt{2\times6.4\times10^6\times1.5}\left(1+\frac{1.5}{4\times6.4\times10^6}\right) \\
&\;\approx\; \sqrt{19.2\times10^6}\left(1+5.86\times10^{-8}\right) \\
&\;\approx\; \sqrt{19.2\times10^6} \\
&\;\approx\; 4.4\times10^3 \;\mathrm{m} \\
&\;=\; 4.4 \;\mathrm{km}
\end{align}
\]

となるので、水平線までは\(\; 5 \;\mathrm{km} \;\)に満たないような短い距離しかないことが分かります。

あの水平線はたった\(\; 5 \;\mathrm{km} \;\)先

上の結果は、海岸に立ったときたった\(\; 5 \;\mathrm{km} \;\)先までしか見えないというものでした。ところが、皆さんは海辺からもっと遠くが見えることを知っているはずです。例えば、サムネイルに使った下の画像では、神奈川県の三浦半島先端にある三崎港周辺から千葉県の房総半島先端にある館山周辺が見えています。2つの地点の直線距離はざっと\(\; 20 \;\mathrm{km} \;\)程です。これはどういうことでしょう?

三浦半島の先端から房総半島の先端(左奥)が見える
直線距離は約\(\; 20 \; \mathrm{km} \;\)

賢明な皆さんならお分かりかも知れませんね。遠くに見える土地が海面より高いことが理由になります。千葉県館山市の最高峰は大山\(\; 193 \;\mathrm{m} \;\)です。この山の頂上(\(\; h \;=\; 200 \;\mathrm{m} \;\))にあなたが立っているとして先ほどの計算をすると、

\[
\begin{align}
\mathrm{AB} &\;\approx\; \sqrt{2rh} \;=\; \sqrt{2\times6.4\times10^6\times200} \;\approx\; 5.1\times10^4 \;\mathrm{m} \;=\;51 \;\mathrm{km}
\end{align}
\]

となって、約\(\; 50 \;\mathrm{km} \;\)先まで見通せることになります。大山の山頂から三崎港周辺までざっくり\(\; 20 \;\mathrm{km} \;\)でしたから、つじつまが合う計算になります。

飛行機は高度約\(\; 10,000 \;\mathrm{m} \;\)を飛ぶ

また同様の計算を飛行機が飛ぶ高度約一万\(\;\mathrm{m} \;\)でも計算すると

\[
\begin{align}
\mathrm{AB} &\;\approx\; \sqrt{2rh} \;=\; \sqrt{2\times6.4\times10^6\times10000} \;\approx\; 3.6\times10^5 \;\mathrm{m} \;=\;360 \;\mathrm{km}
\end{align}
\]

と、\(\; 360 \;\mathrm{km} \;\)先まで視界が広がることが分かります。これは大体東京ー仙台間の距離になります。ずいぶん遠くまで見えますね!

まとめ

静岡県は初島から真鶴半島を望む。
直線距離は約\(\; 10 \; \mathrm{km}\;\)

以上のように、ちょっと数学を使うと

  • 海岸から見える水平線は\(\; 5 \;\mathrm{km} \;\)程先でしかない。
  • 標高の高い場所からなら、さらに遠くが見渡せる。
  • 飛行機が飛ぶ高度\(\; 10 \;\mathrm{km} \;\)では、\(\; 360 \;\mathrm{km} \;\)先まで見える。

ということが分かりました。数学って面白いですね。

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